時事その他についての考察

(主に景気のことだが)状況が悪くなると我々は犯人探しを始める。

そうすると、大概、金持ちとか、どこかの国が悪どいことをしている、という憶測が出てくる。

我々は、こういう通俗的にワルモノを決める話が大好きだ。自分は悪くないと思えるからだろう。また、ワルモノが決めると気持ちが楽になるならだろう。

その結果として、国内でも、対外的にも分断、対立が起きる。いいことは何もない。

しかし、我々自身がそれを自覚して、害毒しかない陰謀論などは苦笑いで接する位になる、それほど理性的になることは、少なくとも短期的には無さそうだ。そうなると、状況が悪くなると我々はもっとそれが悪くなるように振る舞うということになる。

また、これは気のせいかも知れないが、社会に不安が蔓延してくると、自然科学に属する範囲の厄災が頻繁してくる。

《勿論、こういう仮説には注意が必要性だ。確かに今回の新型コロナの発生、蔓延や東日本大震災、古くは関東大震災も景気低迷期に起きているようだし、さらに時代を遡ると、江戸時代が長く続いて、政治制度が現実と合わなくなってきて社会が混乱してきた江戸時代後期に冷害や震災、富士山の爆発などの災害が起きているという見方もできる。しかしこれは、社会不安が蔓延した後に厄災が来たのか、厄災の結果として、社会不安になったのかを慎重に検討しなければならない。また、社会に強靭さがある時には、そういった厄災をも跳ね返せる力があるので、結果として災害が目立たないのかもしれない》

昔のことはともかく、現代に生きる我々にとって、一番関心があるのは今後数十年の自分たち、日本、世界がどうなるかだろう。

それを占うためにも歴史を知ることは大変に重要なことだ。

世界がほとんど絶望に陥った時、これを救った英雄の物語。このままで行くと世界は大変なことになってしまう、と皆が恐怖におののいている時にそれを未然に防いだ伝説の人たち。歴史にはこういう、今後も我々が参考にすべき逸話がある。

それを知ることは、未来の参考に、今後どう振る舞えばいいのかを考える際に役立つことになる。

しかし、普通語られる歴史には決定的に欠けているものがある。それはそういった英雄たちではなく、それを陰で支えた、または本人たちもそれと知らずに世界を救ってきた、埋もれた無数の人たちの話だ。

これは、当たり前と言えば当たり前のことだ。

例えアイゼンハワーが、そのその卓越した作戦立案能力と、人心掌握力、組織運営力でナチスドイツに対抗しようとしても、何十万という部下がいなければ全くの無力だ。

話は少し違うが、金持ちがお金をどう手にいれているのかというと、一般大衆から少しずつ儲けを得ているからである。(株などで一気に儲けることもあるだろうが、その元はそういった細かいお金だ)

世の主役は英雄ではなく、平凡な大衆なのだ。

歴史では語られない知られざる話は、しかし、物語という形で語られることがある。

一般に、歴史よりも物語の方が人気があるのは我々はこういうことを無意識に感じているからなのかも知れない。

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