時事その他についての考察

サッカーの五輪代表がベスト4に進出した。日本は西洋的戦略を遂に理解したのか

大会前は心配していたのだ。直前に行ったスペイン代表との調整試合のスコアが悪くなかったからである。

これはW杯の話だが、大会の直前に行う試合の結果が良いときには本番でコテンパンにやられ、悪い時にはベスト16に進めるということがジンクスのようになっていたのだ。

思うに自らにそぐわない自信を持ってしまったときと危機感を持って本番を向かえた時の違いだったのだろう。

それをもって余計な心配をしていたわけだが初めからそんなものは不必要なことはわかっていたはずなのだ。

これまでは調整試合だというのにあたかも本番であるかのように勝ち負けを意識していたように思う。折角のチャンスなのに控えの選手の状態を確かめることもあまりしなかったように思う。

しかし今回は試合の後半には大幅に選手交代をしていた。主力選手も沢山下げていた。

つまりはようやく、本番直前の調整試合のやり方がわかったということなのだろう。選手やベンチの精神状態に悪い影響がでなければ結果はどうでも良かったのだ。

それにしても日本が初めてW杯に出てか二十年以上たっている。しかし、ようやくそういう当たり前のことができるようになったということなのだろう。

《実際酷かったのだ。これは選手や監督ではなく、我々一般人やメディアの話であるが、Jリーグができてサッカー人気が沸騰した当初、代表のフォワードに高木琢也という選手がいた。この選手は背も高く、体もがっちりしていたので代表ではポストプレーを任されていた。すなわち、前線に預けられたボールを周りの選手に配給する役割である。きつい、献身的な仕事である。しかし当時、我々一般人と、あろうことかメディアまでもが得点をとらないという理由でバッシングを行っていたのである。(彼らはそんなことはとっくに忘れているのだろうなぁ)》

ニュージーランドとのPK戦の前にゴールキーパーの二人が互いの健闘を願って肩を叩きあっていた。美しい光景であった。一定のルールのもとで勝敗を競う。その相手は決して敵ではなく、互いを高め合う仲間である、というのがスポーツマンシップというものなのだろう。

しかしそれには相手の裏をかくという行為は許容されている。そしてどの程度の行為が許されていてどこからが許されないのかということはヨーロッパ人は肌感覚でわかっている筈だ。が、しかし日本人はまだそこまでは理解していない気がする。

開国からも、オリンピックに参加してからも百年以上経っているのだが未だに道は遠い。そうしてこれはスポーツに限った話ではないのである。

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