時事その他についての考察

フランツ・カフカから何を学べるのか

フランツ・カフカの小説「城」概略

《測量士Kは「城」から仕事の依頼を受けて「城」がある村にたどり着く。そこから村の中心部にある「城」に向かうが様々な事柄に行くてを阻まれてどうしても(おそらく永遠に)たどり着くことが出来ない・・》

実はわたしは「城」を読みきったことはありません。10代の時に途中まで読んだのですが、作品の意図が全くわからずに読むのをやめてしまいました。しかしその後、「城」にたどり着けないのは現実世界の不合理、不条理をあらわしているのだという解釈を知り、以来、そのモチーフは忘れられなくなっています。不条理、不合理ということを(ファンタジーではない)文学に取入れることに成功したことによって、それ以降の作家たちはそれを前提にして作品をつくれるようになりました。その影響の大きさはちょっと、はかりしれません。

人間の知能などは高の知れているものであるので、それをもって世界を解釈しようなどという試みそのものが不遜というものなのでしょう。それでもそれをやろうとすると、世界の方が不条理に見えてしまうという罠にはまってしまうことになります。

しかし、人は世の中や人、自分、物事を考えざるをえません。その道具として、私たちは言葉、すなわち理屈しか持ち合わせていません。本当は理屈以前の感覚で感じていることもあるはずなのですが、理屈が意識にでてきてしまうと、それはどこかに消えていってしまいます。その結果は前の段落で述べたことになってしまいます。

言葉は実は、曖昧なものであり、論理的思考に使うようにはできていません。多分、現実的な仕事を効率よく処理するため、またはせいぜい人間どうしの関係を確認するために生まれてきたものなのでしょう。

言葉の不完全性を説明した最初の人はわたしの知る限り、二十世紀初頭に仕事をされた、スイスの言語学者である、フェルディナン・ド・ソシュールです。世の中にはその遺した功績に比べて知名度の低い人がおられますが、そのうちの一人です。

専門家の見解は知りませんが、わたしが思うこの人の最大の発見は、言葉は関係性で成り立っているということです。どういうことかといいますと、例えば、私たちが「椅子」という言葉を使う時にいう「椅子」とはその言葉だけで「椅子」を指し示しているわけではない、ということです。

三省堂国語辞典〈第五版〉では、椅子のことを「腰をかけ(て よりかか)る家具。」と定義しています。この定義は読んですぐわかるようにつっこみどころのある不完全なものです。これは辞書の編者のせいではなく、言葉というものは単体で成り立っているのではないことからくる原理的なものです。「椅子」という言葉は「椅子」以外の「テーブル」「ソファー」「踏み台」などの言葉があって初めて意味を持つのです。テーブルでもなく、ソファーでもなく、踏み台でもない《それ以外のものとして》私たちが思う「椅子」を指し示すことができるのです。

だから大変に知能の高い人たちが言葉を使って何千年かかっても熱心に研究しても人間に関する問題はなに一つ、解決されません。それは、ありきたりな譬えですが、砂で城をつくるようなものだからです。

それとは対称的に科学が異常なまでの発展をみせているのは、言葉ではなく、現象すなわち実験に寄っているからです。一応、言葉でも解釈している風を装ってはいるが、基本的に全部、後付けです。(実験を)やってみて、うまくいったものが正しいのですが、何故、その実験がうまくいったのかを完全に説明出来る人は、実は、いないのです。

随分と前ですが、名高い哲学者のエマニュエル・カントはどんな仕事をしたのだろうと思って文庫本をめくってみたことがあります。それは(カントの多くの仕事の一つでしかないのでしょうが)世界の現象の全てを言葉で説明しつくそう、という壮大な試みでした。その試みそのものは偉大なものだったのでしょうが、残念ながらカントはソシュールより前の時代の人だったので言葉の本質を知りませんでした。カントとしてはジグソーパズルを埋めるように言葉を埋めていけば世界の全ては言語化できると考えていたのでしょうが、前述の通り、言葉はいわばアメーバのようにその意味内容が変わるものであり、他の言葉との境界も不変ではありません。カントには気の毒なことでしたが、それは不可能なことへの挑戦であったといわざるをえないでしょう。

しかし、カフカの場合には事はそう単純なものではなさそうです。まず第一に、彼にとって、世界は不条理であるという感覚そのものがあり、それを言語化しようという野心的な試みがその小説であったのであって、言語化が先にあったわけではありませんので。

世の中との違和感、意識下の不安といったことは、カフカの少し前にフロイドが活躍しているのでその影響もあったのでしょうし、時代の要請ということもあったのでしょう。

《いままでにあげた人たちの生没を参考に。

カント 1724―1804

ソシュール 1857―1913

フロイド 1856―1939

カフカ 1883―1924》

(しかし、人間というものは厄介な存在です。頑張って目の前の問題を処理してきて一段落かな、と思ったら、今まで問題になっていなかったものが新しい問題として出てくるわけですから)

カフカの面白いところは、自身は役人でそれも順調に出世していた、かなり有能な役人だったらしい、ということです。若くして亡くなっているし(40歳、結核で)作品のイメージと、写真の顔付きも内気で神経質そうなので、陰気で孤独な人だったと思われがちですが、物静かではあったものの、穏やかで、社交性もあり、また以外な感じがしますが、運動好きの人だったようです。

カフカの感じていた不条理さはその仕事でも感じていたはずだけれども実際には人並み以上の仕事をしていました。これは、自分の感性と実務をしっかり、分けることが出来ていたからなのでしょうか。それとも、そう努めていたけれども実は 精神的には限界にきていたのかもしれません。(40歳というのはまだ精神の緊張に耐えられる年代です。若い感性を作品化するタイプの表現者は、ですからそのあたりで何らかの変化を迫られます)どちらかわたしにはわかりませんが、やはり、なかなか複雑な人です。もしも、感性と実務を分けることが出来ていたのならば、実生活で感じる不条理を作品化することによって昇華することができていたのならば、これは私たちも学ぶ価値のあるものです。

条理、すなわち理屈や合理性はそもそも言葉でできているので、言葉では表現しきれない現実世界が条理の通じる世界であるわけはありません。それは当たり前のことですので、自分の感じる不条理がただの個人の我儘にせよ、正当な違和感にせよ、それに振り回され押し潰されてはいけません。また、言い訳にしてもいけません。自らの思念は飼い慣らさなければならないのです。カフカのように。なによりも普段の生活が一番、大事です。昔は作家や詩人も勘違いして私生活まで狂わせる人たちもいましたが、申し訳ないですが、時代が未熟だったということだと思います。何よりも自分と周りを大事にしなければ仕方ありません。

その際に、何もないところから出発するよりも、不条理を言語化してくれた前例は大きな助けになるでしょう。急流を渡るときの飛び石のように。

実際に、私たちは全員、日常的に不条理と現実の折合いをつけるという大きな仕事をしているのです。そのことにもっと誇りを持っていいのです。日々の日常が実は偉大な積み重ねなのだと自覚できれば少しは自信になるでしょう。

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