時事その他についての考察

今回は少し長いです。後ろの方に幾らか面白いものがあると思います

きっかけは松島菜々子さんが娘の付き添いで一年イギリスに行くというニュースを読んだときです。

それに対して非難する声もほぼなさそうなので、わが国もやっと以前あっただろう、成熟を取り戻したのだなぁ、という感慨がありました。

“別に普通じゃん”と思われるかもしれませんが、少し前なら中々やりにくいことで、また、周りの反応も今のように好意的なものではなかったでしょう。松島さんもおそらく非難は受けるだろうと、かなりの覚悟をもって決断されたことと推察しますが、他人事ながらなによりでした。(本当はこういったことが当たり前のこととして大したニュースにもならないほうがもっといいですが)

こういったことに対する非難に、本当はやっかみであるのに、そうは言えないし、また本人もそれに気がついていないものがあります。例えば、“それなりの立場にいるものの責任があるだろう、それを放棄するとは怪しからん”などという批判は(今回、そういった批判があったかは知りませんが)本当はただのやっかみです。もし、そう思った方がおられたら是非、自らをはじて頂きたいですが、ナニ、利いた風な事を言っているわたくしなどはどれだけ恥ずかしい思いをしてきたか。

初めに“以前の成熟”と申しました。はっきりとした根拠があるわけではないのですが、江戸時代の末期には日本はその位の成熟に達していたのではないかと思うからです。平和がどの位続けば文化が成熟するかは学者の研究範囲だと思いますが、三百年弱が少ないことはないだろう と思うのです。

ではいつ我が国はそれを失ってしまったかというと、明治維新とそれから太平洋戦争の敗戦でということになります。

維新はまだ良かったのです。決定権だけは自分にありましたので、民族としての特性や誇りを失うことはありませんでした。しかし、敗戦と何より、その後の被占領で私たちは多くを失うことになりました。民族としての誇りはいまだに取り戻すことができていません。何故そうなってしまったのかなどは江藤淳の「閉ざされた言語空間」(1989)を読んで頂くのがいいのですが、無理にまとめるならば、アメリカの占領の間、普通ならば思想統制などはそれが占領者の押しつけであることがわかる形で行われるのですが、被占領者である日本人が自ら規制しているかのような見かけで行われました。その自分達で張り巡らした規制は、それが強制であったことも隠蔽されたままで、アメリカがいなくなっても、基準のはっきりしない、何か、絶対者の罰を根拠もなく恐れるような形でいまだに私たちを縛り続けている、というものです。(これは1989刊行の本のようですが、状況は変わっていないのではないでしょうか。マスコミの自主規制などの話を聞くとさらにそう思います)

わたくしは一度図書館で敗戦時から何ヵ月かの新聞を閲覧したことがありますが、敗戦直後の言説は、今回は力及ばず敗戦となったがまた一から頑張っていこう。という論旨でありました。敗戦の責任論などが出てきて、さらに、そもそも戦争を始めたことが間違っていたといわれだしたのはアメリカの進駐が始まり、おそらく、検閲が行われるようになってからです。それは間違ってはいたのでしょうが、問題なのは、アメリカの強制でそう思わされたことです。本来は自分達でその結論に達しなければいけませんでした。

つまりは、敗戦そのものが誇りを失った原因ではないということです。たとえ負けても、占領されたとしても土地と人と国が残っていればアイデンティティやレーゾンデートルは残るものです。(この様なことを日本語で表現できないことがこの手のことに対しての日本人の脆弱性を表しています。海によって侵略から守られていたので民族としての寄って立つべき基盤などは考える必要がなく、従って言葉もないのです)

自分が外国人のつもりになって日本の歴史を振り返ればちょっと考えられない位、凄い国だということはすぐにわかると思うのですが。勿論、奢ってはいけませんし、そもそもこれは先人達の功績であって、私たちはそれに乗っかっているだけですし。

私たち日本の正反対にあたるような国が例えばポーランドです。外国との国境が地続きであり(海外ってう言葉はないのでしょうね)かつ、山脈や川など自然の要害もないため、攻撃に対して非常に脆い国です。(だからこそ、ナチスドイツはわずか1ヶ月で占領を完了できたのです) 何度も外国に占領され、国家の消滅まで味わってきたからこそ、自国に対する誇りは強く、民族意識も強烈に違いありません。例えばショパンの愛国心がそれを伝えてくれます。

さらにその究極の形を見せてくれるのがユダヤ民族です。ユダヤ人が真にユダヤ民族になったのはいわいるバビロン捕囚(BC6世紀ユダヤ国家が滅ぼされユダヤ人が強制的に征服者の首都であるバビロニアに連れていかれて奴隷にされたことです。新たな征服者が現れて解放されるまで、約50年続きました)の結果です。

その様な状態になったときに起きることはいくつかあります。

1.相手に取り入って同化する

2.内部分裂したあげくに滅亡する

全員が同じことをするわけでもなく、同化するものもいれば(裏切りもの呼ばわりされたりするでしょう)仲間同士で無益に対立してしまう者もいたのでしょう。

ユダヤ人のなかにもそういった人たちはいたでしょうが、そうではない道を選べた人たちがいました。

3.内部の規律を異常なまでに厳格にして民族としての一体性を守る

ユダヤ教の起源は諸説あるようですが、それが確立したのはこのバビロン捕囚の時というのは定説でしょう。異民族の間に奴隷として扱われる。その間も民族としての一体感を失わないためにつくられた厳しい規律と考えるとユダヤ教の異常さが理解できます。

やはりその最大の特徴は選民思想にあるのではないでしょうか。自分達のみが神から選ばれた唯一の民であり、審判の時に他の民族は全て滅亡する。(んだか、地獄に落とされるんだか)

外見でユダヤ教徒であることをわからせるかのような特殊な見た目にも注目すべきです。迫害されてきた歴史があるのにもかかわらず、相手を挑発するかのようにユダヤ教徒であることを誇示する。この排他性とプライドが大きな特徴です。

しかし、そうしないことには耐えられなかったのでしょう。ユダヤ民族と似たようなことになり、その結果、歴史から消えてしまった民族はおそらく沢山いることと思います。ユダヤ民族にしても、バビロン捕囚がもっと長引いていたら同じだったかもしれません。しかし、現にユダヤ民族は生き残りました。キリスト教、イスラム教と続く流れのなかで、ユダヤ教の特殊性には最大級の注意を払う必要があります。その特殊性がユダヤ教の分派であるキリスト教とイスラム教に受け継がれないはずはありません。

キリスト教社会が世界を支配したことについて、従来の研究は

「何故キリスト教社会は産業革命などで世界を支配する能力を獲得できたのか?」

を解明することに終止して、

「何故世界を支配しようとしたのか?」

を疑問に思う研究はないようです。思うに有力な研究者は大体西洋人で、つまりキリスト教社会の人間であって、力があればこれを征服に使うのは彼らにとって当たり前のことなのでしょう。

しかし、力を持ったからといって、必ずしもそれをフルに使って征服をするものばかりではないでしょう。そんなことをしたのは、戦闘国家である匈奴やモンゴルなどの騎馬民族と西洋人位のものではないでしょうか。西洋人が他国を征服するにあたって、常にキリスト教の布教活動とともに行ったことはまさに象徴的です。

【別の見方として産業革命で自分たちで使ったり、普通の貿易で売るのよりはるかに大量の商品を作った異常性も指摘したいです。普通ならば、「安く出来るなぁ結構だけんどもこんなに、はぁ、作ったってしゃああんめぃ」となるところです。それを売るために他国を占領するなんてまともな発想ではありません】

時代は戻りますが、イスラム教というのは、キリスト教社会に押され気味だったアラブ社会がこれに対抗できる強烈な教義をもった新しい教えを必要としたことから生れたものなのではないでしょうか。

相手方の力の源とも思えるキリスト教は取り入れたいが、勿論、そのまま取り入れるわけにはいきません。そこで、キリスト教は既に堕落したと決めつけ自らが正しい教えを再現する、としたのです。自らは堕落していないことを証明するために戒律を厳しくしたのは理解しやすいことです。

【イスラム教は自らをユダヤ教とキリスト教を受け継ぐものと位置付けています。彼らに言わせるとアッラーとエホバやキリスト教の神は同じです。モーセとイエスも預言者として尊重しており、ただ、マホメットが最終預言者(神の言葉を預かる者)だとしているのです】

つまり、イスラム教というのはそもそもの目的からして反キリストなので、彼らの仲が悪いのは当然といえば当然です。

ですので、いわいる中世にイスラムが西洋を席巻したのも初めからそれが目的だったのですから目標がうまく達成できたということであり、その意味では驚くことではありません。

では何故キリスト教社会は逆襲できたのか?

これは先にイスラム社会が世界を征服できなかった理由を考えなくてはいけません。

今述べたようにイスラム教は反キリスト教に特化したものだとすると、それ以外の宗教に対しては無関心だと推察できます。ユダヤ教やキリスト教のように自分達以外はそもそも人間とは見なさないといった意味での過激さはないのでしょう。キリスト教社会さえ排除すれば満足だった、と考えると、キリスト教社会のように全世界的な征服をする動機がなかったのも不思議なことではありません。(プロ野球でいうと、昔の阪神タイガースが巨人軍さえやっつければ日本シリーズはどうでもよかったように)

アラブ世界とキリスト教社会以外でいうとインド亜大陸を征服したムガール帝国は巨大な例外ですが、何事も全てが理屈通りにいくものでもないとしておきます。

【他に、どこかで読んだ話ですが、イスラムというのは商人なので、生産革命である産業革命とは縁がなかったから、という説もあります】

イスラム教社会が天下をとり、泰平に甘んじている間、その屈辱からさらに排他性を増したキリスト教社会が爆発した、と考えれば筋は通ります。(イギリスの最初の大きな成功がムガール帝国の征服だったのは話として出来すぎの感もします)

キリスト教社会が根源的に征服の欲望に囚われている社会だとすると、それに対抗する形でイスラムがあるのはあるいは健全なことなのかもしれません。(喧嘩=戦争してはいけませんが)

それに加えて、私たち東洋人としてはもともと穏健な儒教を国の根本思想としていた中国の奮起を願うべきなのかもしれません。

西洋とイスラムと東洋(アフリカ、南アメリカ、東南アジアなども)が互いを尊重しながら共存することが、そんなことが出来たら、いろいろな問題が少しは解決するはずですが。

下書きから論を進めていくうちに結構な仮説までいってしまいました。(疲れました)残念ながら専門家ではないので、大抵のことは推測の域をでません。自分の知識の範囲内では破綻のないようにしましたし、検証出来る範囲では確認もしましたが、細かなところなど間違いもあろうかとも思います。ですので一つのフィクション位の気持ちで読んで下さい。

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