時事その他についての考察

井上尚弥選手の活躍の陰に隠れがちなこと

井上選手の成功は、本人の能力と努力に負うものなのは当然である。

しかし、彼を取り巻く環境の充実という点もそれに劣らず重要だろう。

まず、トレーナーが互いを信頼し合う実の父親であることがある。

また、若くして結婚をし、子供にも恵まれているという、私生活、家庭生活の安定、という面も大きいだろう。

更に、(これがこの小文の主題なのだが)大橋会長を始めとした、大橋ジムの存在がある。

《私は井上選手の環境に詳しくわけではなく、ボクシング業界のこともほとんど知らない。この小文はほとんど推測に基づくものであることは承知して頂きたい》

勿論、井上選手の存在が大橋ジムを経済的に潤していることは間違いないだろう。

しかし、大橋会長の言動や、実際に行われていることを見ると、会長の目的はお金ではなく、井上選手の希望を叶えることや井上選手の為になることをすること、更には日本ボクシング界の発展なのだと思う。

これは、日本人から見るとさほど珍しいことではないように思える。

別の例を上げると、日本のサッカー業界では、選手をヨーロッパに移籍させる際、その選手の価値に比べて極めて安価な移籍金を設定する傾向がある。

これは、クラブの利益も大切だが、選手の成功や、日本サッカー界の発展がより大切だ、という意識があるからだろう。

例えば南米で、そんな甘いことをしているサッカークラブはおそらくないだろう。

同じように、アメリカやヨーロッパのボクシングジムで、大橋ジムのようなことをするところはおそらく皆無だろうし、選手もそんなことは初めから期待しないだろう。

つまり、個人主義が発展している社会では、社会生活においては利益がすべての前提になるからだ。(当然、私生活は別だ)

ジムはジムの利益を追求するし、選手も選手の利益を追い求める。単純にビジネスパートナーだ。勿論、悪意があるわけではない。お互いの利益が同じ方向にあればいい関係が築けるだろう。それが離れれば関係は解消されるだろう。 

どちらがいい、という問題ではない。それぞれの性質というべきものだ。 

ただ、これからは日本も変わっていくだろう。スポーツ業界だけでなく、一般企業も、さらには政治に対しても、欧米型の考えが浸透していくだろう。果たして日本人にそういう社会が適しているのかはわからない。

結果として適応できたとしても、少なくてもそれが定着するまではかなりの混乱が起きるだろう。