時事その他についての考察

葉梨法相の発言について

発言の内容その他精細は周知のことと思うので説明は省く。

今回に限った話ではない。つまらない失言で大臣が辞任あるいは更迭される。実に馬鹿馬鹿しい。

しかし、更に問題なのは失言をした者を庇う人が少なくともマスメディアにはいないことだ。

「法務大臣がテレビで取り上げられるのは死刑のはんこを押したときだけ」

確かに人の生命を軽んじる発言であり、非難に値することだ。

だが、どれだけの人たちがこれが大臣を辞任、更迭に値すると思っているのだろうか。

《ここからは可能性は二つに分かれる。実はどちらの可能性も怖いものであるが》

一つは実際にほとんどの人たちが発言どおり、大臣の発言に怒っていて、早急に辞任または更迭されるべきだと思っていた。 

もう一つの可能性は、少なからぬ人たちは世間のバッシングは行き過ぎだと考えていた。しかし、それを言うと自分の立場が危うくなりかねないので世の中の趨勢に同調した。

初めの可能性は、大多数の人が同じ考えしか持たないという意味で危険だ。本来、人の考えなどは千差万別、多様であるのが自然であり、そのほうが社会としてもまともだ。

少なくとも大臣まで務めた人の発言であり、またそれを聴いて笑った仲間たちがいた台詞に対して国民のほとんどが怒りの感情を持つというのは不自然だ。

二つ目のケースもまた深刻だ。

おそらく、日本のほとんどの人たちは先の戦争は行われるべきではなかった、どこかで止められなければならなかったと考えていることだろう。

そうして多くの人たちが大勢に流されないで歯止めがかけられるべきであったと言っている。また、同じことが起こってはいけないと言っている。

同じことを起こさないためには世間の趨勢に反対する発言をしなければならない事がある。自分の利益を捨てて主張を発する、貫くことが必要なのだ。

この程度のことに反対する意見が言えないようでは間違いなく、我々は同じことをくり返すであろう。

〔ところで全く別のことを言うが、大臣の失言で辞任、更迭されることが多々ある。そうしてどうせ辞任に追い込まれるのに中々しようとしない。首相も引導を渡さない。いい加減に学んで失言した者はすぐに首にしたらどうか。問題発生から辞任までの間の時間は無駄であり馬鹿馬鹿しい❳

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