時事その他についての考察

衆院選挙区の再編と国会での議論のあり方への提言

衆院の選挙区を改正するというニュースをやっていた。おそらく一票の格差を是正するということの一環なのだろう。

それ自体は結構なことであろう。本当は、個人的には、二、三倍までならば許容範囲だろうとは思うが、実際の格差がどれくらいあるかも忘れたのでどうこうも言えない。

今回の主題はそこにあるのではない。

今回の事案のように建前の理屈の筋が通っていることであっても、政策として実行されることは理屈だけで行われるわけではなかろうということである。

《一票の格差に関しては裁判も関わっていることなので本当は今回の話には不適切な例である。しかしこれが考えるきっかけであったので今回はこのまま話を進めさせて頂く》

当然、各種利害関係者の思惑が複雑に絡みあっているのを、調整した上で行われるのだろうことである。

場合によっては、特定の人物や団体の利益のために行われることもあるだろう。

そういうことは誰もがわかっていることであってもはっきりと示せる証拠のようなものがあるわけではないことがほとんどである。

証拠がないのでこれは国会のような場での議論の俎上に上げることができない。

結果としてそこで行われる議論は論点のぼやけた、実入りの少ないものになってしまう。

どうだろう、証拠は無くてもまず間違いなくクロであることであれば公式の場でも表立って議論しても良いのではないだろうか。

例えば国会だけででもそうするというのはどうだろう。

勿論、現行のやり方でこれをやっても混乱するだけだろう。言われた方は明確な根拠を示すことを要求するだろうしそれを提示することはできない。

場合によっては名誉毀損などと言い出すこともあるかもしれない。

だからもしもそれを行うためには議長の力に寄るところが大きくなるだろう。

イメージとしては裁判所での裁判官の感じだろうか。

問題は裁判官は検察官、弁護士、被告人を超越した権力を持っているから仕事ができるのであって、事実上、政党の中にいる衆議院議長にはそんなものはないということである。

所詮は実現できないことかもしれないが、国会での(多くは)不毛な論争を見るとそういうことも必要なのではないかと思ってしまうのである。

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