時事その他についての考察

「ソムリエ」とバー。もしくは店は誰のものなのか

1990年代後半に連載されていた「ソムリエ」という漫画がありました。

ワインに関する天才的な能力と、顧客の視点に立ったサービスを行える繊細さを合わせもつ、若きソムリエを主人公としたものでした。

連載の中ほどにあったエピソードなのですが、顧客に安くて良いワインを提供することを心がけていた彼が、系列店の別のソムリエが行っていたサービスに衝撃を受けることになります。

顧客に値段の高い、それも主人公の目から見ると、値段に釣りあっていない質のワインを奨めているように見えたのです。

ところが、実際にそのソムリエのサービスを見て、深く納得することになるのです。

そのソムリエの顧客たちは、ワインの味を楽しむだけではなく、高い金を出して良いワインを味わっているという自分が贅沢をしている、という気分を同時に味わっていたのです。

主人公はそれを知って、自分が追い求めてきたものだけではない、別の種類の理想というものもあるのだと視野を広げることになったわけです。

主人公と共に、当時わたしも深く考えこんでしまったのですが、何故そんな昔のことをいっているのかというと、「バー」という所にお客さんが少ない理由に、はたと思い至ったからです。

ここでいうバーとは、きちんとしたバーテンダーがいて、シングルモルトウイスキーだとか、カクテルなどを飲ませてくれる店のことですが、そういう店はどこも落ち着いた雰囲気で、あまりお客さんで溢れていて活気に満ちたバーというのはありません。

何故そうなのかというと、店構えなどで敷居を高くしていることと、値段が高いからです。

値段が高いから、では儲けているのかというと、そもそもお客さんが少ないので、そんなには儲かりません。

知っている人にとっては常識的なことなのでしょうが、これは、そういうバーを必要としている人たちが、割高な酒代を払ってお店を支えているのですね。そうして、同時に彼らにとって不要な客を排除しているわけです。

もしも、同じ質の酒やカクテルが格安で飲める、しかし雑多なお客がいて騒がしい店があったとしても、割高だけれども、その人にとっては落ち着ける店を選ぶ人たちがいるということなのでしょう。(実際は、同じ質で値段だけ高いというわけにはいかないので、調度品を贅沢にするとか、高級なグラスで提供するなどは必要でしょうが)

バーという所は、微妙な値段設定の上に成り立ってるのでしょうね。

本当は、会員制にしたい位なのでしょうが、実質的には同じことなのでしょう。

考えてみれば、バーや飲食店に限らず全てのお店は顧客が支えているわけですから、本当はその人たちの共有財産であるといってもいいでしょう。

店の経営者は、いわばお店を顧客から預かっているのです。そうして、本来の持ち主である顧客たちの気に召すように商品や接客、店構えなどを工夫しているのです。(店だけではなく、企業も、その規模の大小に関わらず原理は同じです)

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