時事その他についての考察

NHKの朝ドラ「エール」の心意気

朝ドラのなかで、民間人の戦争協力について描かれるのは、わたしの知る限り初めてのことです。

具体的に申しますと、戦意高揚のための流行歌を多数作曲し、その世界での第一人者であった人物を描いています。

初めは国家のため、ということで、その仕事に真摯に取り組んでいたのですが、慰問のため、前線に行ったとき、実際の戦闘の恐ろしさと、日本が敗戦濃厚なことを知ります。

その後、日本は負けてしまい、彼は、無謀であった戦争に協力したことの自責の念にかられます。また、一部の人たちから非難されもします。

思い起こせば、日本では一般的に、作家などの芸術的な分野での戦争協力を過度に非難するきらいがありました。

それも、個々の行動を批判する、というより、全体的に行いが間違っていた、というような曖昧といえば曖昧に事を済ましていた気がします。

テレビドラマや、小説で先の戦争を描くときにも、指導者たちの愚かさを批判するもの、戦争の悲惨さを描くもの、下級兵士たちを誉めたたえるもの、戦争に翻弄される庶民の悲劇を描いたもの(これが一番、特にテレビドラマでは主流です)に大別されるようです。

その中にあって、戦争協力者として、戦後に苦しみ、しかし立ち直ることのできた民間人を描いたのは、やはり、褒められるべきことだとは思います。思うのですが、やっと、そういうことが出来るようになったのか、という気もします。

本来であれば、もっと、ずっと早くに描かれなければならなかった主題です。 実際に、長崎で幼年期を過ごしたイギリス人作家であるカズオ・イシグロ氏は1986年に、戦時中、戦争画を描いて人気を博し、戦後引退した日本人画家の小説を書きました。(「浮世の画家」)

確かに、日本に起源を持つ外国人ということで、日本との適度な距離感を持ち、かつ生まれ故郷として関心を持たざるを得ない作家としては、書くべき主題だったのだろうと思います。また、日本で描かれるよりも、タブーや偏見が少なかったでしょうから、書きやすいこともあったでしょう。

しかし、日本の表現者たちが、イシグロ氏に先を越されてしまったのは確かです。

勿論、もしもそういう作品が書かれるとしたら、それはイシグロ氏が書くことに比べて生々しいものであり、かつ、受け手の日本人である私たちがそれをどう捉えるのかという問題もあるので、より、難しい挑戦ではあったでしょうが。

もしも、作品は作られていたのに、一般に受け入れられなかったのだとしたら、これは私たち大衆の問題ということになります。

しかし、兎も角、一つの達成があったことを評価するべきなのかもしれません。

(朝ドラを書くくらいの人であれば、ノーベル賞作家の作品くらいは読んでいるでしょうから、今回の朝ドラのアイディアが、イシグロ氏から来たものだとしても不思議ではありません)

さらに今回の朝ドラ制作者たちは、一歩進んで、職業軍人の戦後までを描こうとしています。

軍人でも、歴史に名前が残るような人が描かれたことはあるでしょう。徴兵された方々の戦後も描かれたことはあるでしょう。しかし、一介の士官(おそらく尉官で、多分、中尉)のそれを描くのはさらに画期的なことです。

いわいるリベラルの人たちは、これを右傾化と感じてしまうかもしれません。確かに扱い方を間違えると、そうなる可能性が無いとはいえません。

しかし、日本人がまともな歴史認識を持つことになるのは、いずれにしろ避けられないことであり、また、避けてはいけないことでもあります。かえって、リベラル派のいうことを真に受けて、国民感情を抑えつけてしまうと、その反動でまた道を間違えかねないのです。

(まともな歴史認識とは何かといわれるならば、例えば太平洋戦争での日米の衝突とは、簡単にいえば、中国利権の争いだった、などということです。国家主義的な日本と、自由主義を標榜するアメリカの間のイデオロギー闘争というのは、どちらかというと、二次的なものです。アドルフ・ヒトラーが独裁権力を持っていたドイツと、議会が機能不全になっていまって、軍部の暴走を止められなかった日本では事情が違います)

朝ドラというのは、主人公たちが戦争の被害にあう、というのが一つの定番になっています。それに乗じて、というのもあるのかもしれませんが今まで無視されてきた主題を果敢に取り上げた制作者たちの心意気はやはり、称えられるべきものだと思います。

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