時事その他についての考察

核兵器の抑止力とは

世界から戦争がなくならないわけを、絶対的な存在がないから、という理由で説明することもできます。

絶対的な存在がいれば、その支配を受けている者達からは、争いごとは無くなる道理です。

もしも、担任の先生が、クラスを掌握していれば揉め事は起きません。

例えば日本国においては、国の権力が絶大ですので、内戦などということはありません。

もしもそうでなければ、内乱は容易に起きてしまいますし、そこから内戦にいってしまうことも考えられます。

つまりは、私たちにとって、社会秩序というものが大切だ、ということで、それが、私たちが国家に権力を委ねる理由であります。

翻って、国際社会には絶対的なものは存在していません。国際連合というのは、その加盟国を支配する機関というものではなく、それぞれの主張を協議、調整する場です。当然、その決議は加盟国を拘束するわけですが、周知の通り、主要五カ国には拒否権というものがあります。

この“拒否権”というものが、国際連合が協議機関であって、国の上位機関ではない、ということをよく表しています。これがないと、いち抜けする奴が出てくるのです。国際連盟の時のドイツ、日本、イタリアのように。誰が考えたのか、うまいことをしたものです。このお蔭で国際連合は曲がりなりとも続いているようなものです。

では、世界政府が出来ればいいのか、というと、そうではないのです。民主主義国家において三権分立が確立していることがよくあらわしていることですが、権力は分散されなければならないのです。

そうでなければ、それは暴走して、独裁が生まれるでしょう。(三権分立も、もしも、世界からほとんどの国がなくなって、日本なら日本という国だけが残るようなことになったら、じきになくなってしまうことでしょう。他の国と、それぞれの国の良さを競争する必要がなくなるからです)

それで、今、核兵器というのは、国の上位機関に似た役割を担っているのです。

自ら作り上げた、自らを滅ぼすことのできる物を使って、争いを抑止する。考え方によっては人類の叡知といえないこともありませんが、ずいぶんと気の触れた叡知です。そうして、残念なことですが、この抑止力は主要国同士、しかも、全面的な戦争を防ぐことだけしかできないのでした。

(核の持つ抑止力と、核以外の、通常兵器といわれる兵器の抑止力は質が違います。通常兵器の抑止力というのは、相手国との軍事力を同じレベルにすることで、お互いに簡単には攻撃できないようにすることです。ですので、相手が強くなったら、こちらもそれに合わせて強くならなければいけないわけで、それがあの、《この》、馬鹿馬鹿しい軍拡競争が起きる理由です)

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