時事その他についての考察

かかりつけ医の大切さ

俗に自分の体のことは自分が一番よく知っている、などと言います。これが本当に当てはまるのは、本職のお医者さんが、しかも、自分の専門分野について言っているときだけです。

それ以外の場合には、正しいときもあり、間違っているときもある、としかいえません。

お医者さんがどの位信頼できるのかは、お医者さんが人体のことをどれくらいわかっているかなのですが、これは、実は、そのまま余りわかってはいないでしょう。しかし、重要なのは、わかっている部分もあって、その範囲に関しては信用できる、ということです。

自分の体のことは自分が一番よくしっている、というのは、経験上のことをいっているわけですが、それが、専門家がみれば、見当違いにみえるということもあるわけです。

しかし勿論、本人の経験上の判断が妥当なこともあります。

かかりつけのお医者さんというのは、本人の経験をある程度までは共有できているので、本人の判断と専門家としての判断の長所を(ある程度までは)兼ねそなえているわけです。

はじめての患者さんをみるときに、教科書にのっているようなはっきりとした症状があればいいのですが、それが判断に困るような曖昧なものだとお医者さんも困ることでしょう。

ここから話が少しわかりにくくなるかも知れませんが、そういうときに、取りあえず検査をする、という判断があります。これはいくつかのパターンにわかれます。

・医学的にみてもやるべきとき

・患者が望んでいるとき

・医者の都合でやるとき

患者からみれば、検査などというものは時間も手間もお金もかかるものなので、もしも問題がなければやらないに越したことはないものです。しかし勿論、危険な兆候である可能性が高いのであればこれは要検査、ということになります。

本当は専門家の目からみれば検査の必要がないと思われることがありますが、それでもいいからと患者がそれを望むことがあります。その場合に、そのままその希望通りにすることもできますが、しばらく様子をみるように説得することもできます。これも、単純に仕事を増やしたくない場合もありますが、そうではない、誠実にそれを勧めることもあります。その場合に困るのは、患者が失望して、勝手に医者をかえてしまうことがあるからです。医者としても、経過をみて判断しようと良心的に考えているときに、肩透かしをくらうことになり、不本意なことでしょう。

医者がお金その他、自分の都合のために本来は要らなそうな検査をさせることもあるでしょう。しかし、医者稼業というものも、内実は金銭的にも楽ではないこともあるようで、患者側もその位は覚悟しなければならないのかもしれません。

大切なのは、ずっと診てもらえる、信頼できるお医者さんを見つけることです。

女性は、一度美容師を決めたら、その人が店をかえても、それを追いかけて通い続ける人が多い、と聞きます。

それも結構なことですが、それよりも大切なお医者さん、歯医者さんにたいしてはそれをしない、というのは不思議でもあり、不幸なことだと思います。

一つ不思議なのは、昔の小説などを読むと、各家庭にかかりつけのお医者さんがいて、しかも往診までしてくれることです。

それは正に医者と患者の理想的な関係ですが、何故、昔出来ていたものが今はできなくなってしまったのでしょう。それとも、それは、お金持ちだけの特権だったのでしょうか。

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