時事その他についての考察

小汚ないおやじと小綺麗なおじさん

世間的には小汚ないおやじは忌み嫌われる存在になっています。それに対して、清潔感のあるおじさんの評価は高いようです。

しかし、いま一度考えてみて下さい。独身のおっさんで、小綺麗で、清潔感がある、などというのは、女受けを良くしたいからに他ならないのです。(既婚者は奥さんが面倒をみているだけなので対象外です)

それに対して、身なりを気にしない、というのは、真面目で、よけいな色気のない証拠ではありませんか。このタイプの最良の例をあらわすのは、(おじさんではありませんが)棋士の羽生善治さんの独身時代です。何度弄られようとも、常に髪の毛に寝ぐせをつけて登場していました。将棋以外のことには、ほとんど興味がなかったのでしょう。

それに対して、パリッと隙のない、小綺麗な格好をする人たちの代表例として思いつくのは、詐欺師であって、彼らの頭のなかにあるのは、ほとんどお金でしょう。

どうですか、世評に反して外見などはみすぼらしい位がいいとは思いませんか。

と、言いたいところなのですが、小汚ない派には残念なお知らせがありまして、身辺を小綺麗にすることには、現実的な利益が伴うわけです。それに気をつかう、気をつかえる、ということは、仕事や対人関係など、他のことに対しても気づかいができる可能性が高いと考えられます。

それは、つまりは、有能で、人間としても魅力がある可能性が高いわけです。

というわけで、羽生さんのように、何かに夢中になって、それ以外のことは気にしない結果として、身なりに気を配らない人とはべつに、ただの無精者は、それに対しては、世間の評価は、妥当なもの、といえるのでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。