時事その他についての考察

優れたリーダーが欲しければお金を出そう

『政治には古来ボランティアの伝統があります。そこには重要な意味があるはずなので、今回の主張は間違っている可能性が高いのです。しかし、考えるべきことであるのは確かなはずです』

国家のリーダーは国にとって、その影響力からみても、とても大切な仕事であるはずです。日本の総理大臣の報酬現在、4000万円たらずだということです。一国のリーダーが二線級のプロ野球選手よりも報酬が低い、というのは、やはり、おかしなことではないでしょうか。(各種、特権や旨みをお金に換算しても、億とまではいかないのではないでしょうか。よくはわかりませんが)

そうですねぇ、わたしの感覚だけでいうと、国会議員で最低一億、大臣だと三億、首相ともなると、七億、できれば十億はだしたいところです。だって今のままですと、例えばですよ、史上最年少の総理大臣が誕生して、それがたまたま、プロ野球球団の読売巨人軍の坂本勇人選手の同級生で、しかも友達だったとするじゃないですか。それで、「久しぶりで一緒に飯でも食うか」という話になって、楽しく食事をして、いざ、会計になったときに、「おれのほうが稼いでるからここはおれが出すわ」などという暴言が吐かれる可能性があるのです。(本当は、坂本選手は冗談にでもそんなことは絶対いわないでしょうが)

極めて高い能力が必要な、重大かつ、責任の重い仕事を任せるのです。それに見あった報酬を払うのは至極、当たり前のことだと思いますが。

仮に(仮定の話ばかりですみませんが)わたしがリーダーとしても、組織運営の能力においても大変、高い能力をもっていて、カルロス・ゴーン容疑者が欲しがっていた報酬を稼げるくらいの企業のトップにもなれて、業績もあげられるし、総理大臣にもなれて日本を立て直せる力もあるとします。それで、企業経営ではなく、総理大臣を選ぶとしたら、20億を蹴って4000万を選ぶとしたら、それは使命感以外のなにものでもないでしょう。それは正に、最近いわれる《やる気搾取》そのものだと思いますけれど。

仕事に見あった報酬が払えないというのならば、せめて、尊敬なり、少なくとも敬意は払うべきです。

世間の声というものは、たとえそれが犯罪者に対するものであっても、非難する声があるとともに、いくらかは同情や擁護する声が聞こえてくるものです。そういった声がほとんど表立っては聞こえてこない代表的な存在が、国家の最高権力者たる、内閣総理大臣だ、というのは、やはり、狂っているとしか思えませんが。

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