少し前なのですが、コーヒー屋で隣にいた人たちの会話です。ちょっと感心したのを覚えています。うろ覚えですが、再現してみます。(主に話しているのは四十位の男性で、相手の女性は三十才くらいでした)
余計なこともしれないけれど、まぁ、聞きなさい。あなたはいつもなんで自分はいい男、まともな男にめぐり会わないんだろう、といっているけれども、原因が自分にあるかもしれないって考えたことがないでしょう。いや、そう怒っちゃいけない。あのね、怒るってことは言われていることが正しいって認めていることになっちゃうから。あなたはよく、自分はそんなに高い要求をしているわけではない。基本的には、普通に仕事があって、それなりの社会性があれば、それでいいんだ、と言っているけれども、勿論、本当はそれだけじゃないよね。そのあとに、“相性”がつくでしょう。いや、それは当然のことだと思いますよ。それに大切なことだとも思います。相性ってのはつまり好みってことだと思うけれども、それがないと続かないだろうから。ただ、問題はその“好み”の中身なんだよね。あなたはあれでしょ。一緒にいて楽しい、とか、私のことをわかってくれる人がいい、とか言うわけでしょ。いや、わかりますよ、わかりますけれどもそこに相手の好みはどうなのかなっていう気づかいがないでしょう。何?一緒にいて楽しい?それは相手が頑張ってあなたを楽しませようとしていたからじゃないの?わたしのことをわかってくれる?じゃあ、あなたは相手のことをちゃんとわかってるの?そもそもわかろうとした?男だって女だって自分のことをちゃんと、ちゃんとだよ?ちゃんとわかってくれているって思えたら、別れたいなんて思わないでしょう。大体ね、妙にこっちの言って欲しいことを言ってくれてしかもこっちには気を使わせないなんてのは詐欺師のやり方だからね。そんなんを求めてっから、相手にばっかり要求してっから、ああ、精神的にね、駄目なんじゃないの。
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相手を理解しなければいけない。野村さん、落合など、何故その人?と思われる人と(失礼)長く続いているのは、理解されていると感じているから。あのぅ、外見もそれは見ますけれども、一流が最後にみるのはそこではありませんから。