時事その他についての考察

危機的状況のときにいかに振舞うか

人間の真価というものは非常時にこそ試されるとはよく言われることです。しかし、そもそもそれを聞いて“そうだよな”と思えるような人はまず、そんなに変なことはしない人です。そうして、そんなことは全く思わないような人はたとえ見苦しい振舞いをしたとしても気にもしないでしょうから“人間の真価は非常時にこそ試される”という事を言うのはあまり意味のない事だということになります。

しかし、全く気にしない人には良くない知らせなのですが、あなたは気にしなくとも、周りの人たちは見ているのです。そうして、そういう類いの事柄は、私たちは忘れないのです。“そういう人だ”と思われて軽蔑されて、いろいろ損をすることになるのですからやはり、気にされた方が得だと思いますが届かない言葉は虚しく響くのみでしょうか。

偉そうにきこえたかもしれませんが、今まで自分がやってきたことを、それも特に危機的状況ではなく、日常でやってきたこと、それを周りの人たちがどう思っていただろうことを考えると、ちょっと、正気ではいられなくなりそうです。いわいる若気の至りというのでしょうか、生意気かつ無神経でさぞや周りの方々に迷惑をかけたことだろうと思います。その頃に比べれば今は・・そんなに変わっていないか。周囲の人たちには申し訳ないですが。自分が周りからどう思われているのかをきちんと客観的にとらえることが出来る人がもしもいたならば、その人こそ、真に勇気のある人といえるでしょう。

基本的には後々恥ずかしい思いをしたくなければ、感情に任せて興奮した言動はとらないことがいいのですが、みんながみんなそんな大人だったら世の中もつまらないでしょう。

言っていることが反対ですね。そう、結論などは本当はないのです。正しいことなどがわかっている人などはいないのだと思います。でも、そんなことばかりいっていてはなにも進まないので、その時々に正しい、と思えることをやっていくのみです。但し、覚悟をもってやらなければいけないのです。

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