時事その他についての考察

文章を書くということ

こうして文章を綴っていると自らの文章力の無さにいつもがっくりきます。到底、筒井康隆のような上手な文章や、村上春樹、またその元であるレイモンド・チャンドラーのような華麗な比喩表現などは書けるものではありません。このわずか四行の文章を書くのにも何分掛かっていることか。

そういうときには先日亡くなった野村克也さんのことばを繰り返すのみです。いわく、「努力に勝る才能なし」

名文は書けなくとも、読みやすく、分かりやすい文章は工夫次第でなんとかなるのではないのか。そう思って書くしかありません。

文章の上での目標は奥田英朗さんです。この人は決して文章家ではありませんが、簡潔に要領良く、分かりやすい文章を書かれる人です。やはり、いろいろ考えて推敲しつつ書かれているのではないかなぁ、と勝手に想像しています。この人も、勿論、有名作家であり、また人気作家でもありますが、ご存知ない方のために説明しますと、長編ではサスペンス、短編では主に楽しい小説を書かれている作家です。

長編での傑作はまず、「オリンピックの身代金」をあげないわけにはいきません。1964年の東京オリンピック開催をひかえた東京で、華やかに開催されんとしているオリンピックの裏で踏みつけにされている底辺の労働者の状況に憤りを感じた青年が、オリンピック開会式での国立競技場爆破を政府に予告して、その中止と引き換えに莫大な身代金を要求するという、上下二段組で五百ページはあろうかという大長編です。(しかも文字まで小さい)大長編ですが、無茶苦茶面白いので、時間さえあれば一気に読んでしまえます。(清水ミチコさんの旦那さんは半身浴しながら一気読みしたそうです。半身浴とはいえ、のぼせなかったどうか、あるいは風邪でもひかなかったか他人事ながら心配です)小説や映画の面白さの一つに、自分の知らなかった世界のことを教えてくれる、ということがあります、この「オリンピック」は話の筋立ての面白さは 勿論、警察庁公安部や、テレビドラマとは描き方が一味違う警視庁捜査一課の内部事情、当時の都会と地方の格差、出稼ぎ労働者やその元請け会社の実態など、その取材の丹念さと正確さ(正確だろうと思わせるだけの迫力があります)またそれを形にする筆力に圧倒されます。吉川英治文学賞受賞も納得の傑作です。

奥田英朗さんの凄いところは長編でごりごりのサスペンスを書いていながら短編では全く違う楽しく笑える小説を書いてくれることにもあります。わたしの好みで一つあげるとしたら、傑作短編集「家日和」の掉尾をかざる、「妻と玄米ご飯」です。内容は紹介してもしかたのないものですが、作家が読者に楽しんでもらおうと、そうして、(おそらく)作家本人も楽しく書いた作品ではないでしょうか。

文章とは全く関係なくなってしまいますが、フィクションの楽しみの一つである、自分の知らない世界を教えてくれる、という点をみると、矢口史靖監督の映画、「ハッピーフライト」が思い浮かびます。

筋立てだけでいうと、成田からハワイに向かった旅客機が、天候が悪くなった ためにハワイ行きを断念して成田に引き返した、というだけのものです。

しかし、まずは日常の空港勤務の人たちの仕事を知る楽しみがあります。空港もしくは旅客機のなかで働いている人といっても、私たちが思い浮かべるのはパイロットやスチュワーデス(今は何というのだったか)それにチケットを確認してくれる人、整備士、あとは知識として管制塔で働いている人がいるということを知っているくらいでしょう。

映画はまず、それらの人たちの日常業務を描いていき、その後、“悪天候による旅客機の引返し”という非常時に対処する様を描写していきます。「ハッピーフライト」の凄いところはその空港内や旅客機の様々な仕事の大変さ、重要さ、そしてその魅力を描き、さらに緊急事態に対応する様を通してそれぞれに見せ場をつくり、最後には感動にまで持っていくという、脚本を初めとするつくりかたの見事さにあります。様々な業務を描く以上、勤務する場所も人も別々であり、それぞれ直接には接しないにもかかわらず、散漫になるところが全くないのが凄いところなのです。それはそれぞれ仕事は違えど、旅客機をある場所から別の場所へ安全に快適に運ぶという目的が全員に共通しているから出来た統一感なのでしょう。

もしもわたしが映画をつくろうと志すならば、(志しませんが)この映画の場面と台詞を徹底的に研究するでしょう。おそらく、それだけで映画制作の骨子は身につくのではないかと思います。

文章の話をしていたのでした。世の中には全く内容がないのにもかかわらず、読ませる文章を書く人がいます。名文家というのはこういう人のことをいうのだと思います。自分にそういう才がなく、またそうしたいとも思わない以上、内容を磨くことが大切です。内容があれば、おのずと支持されるものだと思います。そうして、それを判断するのは受けとる側だということは、あらゆることに共通することです。


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