何故、「今時の若い者は・・」と思うのか

今時の若い者は、と苦々しく思う人は、当たり前ですが、年配者でしょう。私たち年配の者は人生を一廻りしており、大抵のことは経験ずみなので、ある事が起こったときに、それに対しては、こうするべきである、という思いがあります。一家言ある、というやつです。これは、本人は常識だと思っているのですが、勝手な思い込みの場合もあります。

それを、誰かがそうしなかったとき、その誰かが若かったときに、「今時の若い者云々」と思うわけです。同じ事があっても、相手が自分と同じく年配者だったときには「常識のない奴だな」と思うわけです。

正しい場合もあると思いますよ。やはり、人生一廻りして、何につけてもそれなりに自分なりの方法論は身につけているでしょうし、それが独りよがりではなく、他人にも当てはまることであることも多いでしょう。その場合は年寄りの小言ではなく、年配者の知恵にいわば昇格するわけです。例えば先頃亡くなられた野村克也さんなどはそういう知恵の塊でした。

しかし、いずれにしろ、「今時の若い者云々」と言う人は、自分も昔、若かった頃は、あきれられたり、咎められたりしていた側だったことは忘れているのですね。都合の悪いことは忘れる。それも人間の知恵なのかもしれません。

なにしろ、吉行淳之介によると、古代エジプトのパピルスに「まったく、いまどきのわかいやつときたら」と書いてあったのが見つかっているそうですので、これは、人が人である限り続いていく性質の一つなのでしょう。ですから、もし、若い人たち全般の性質が頼りなく、不安に思えたとしてもそれは余計な心配だ、ということです。年寄りは若者をくさし、若い奴らはおっさんをうざがって歴史は続いてきたのでしょう。

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