時事その他についての考察

ひきこもりと薬物使用と織田信長家臣団

いわいる芸能人、有名人の薬物使用が次々に明らかになっています。この薬物使用が最近になっておこっていることなのか、昔からあることが顕在化してきているのかはわかりませんが、何故彼らがその道にいってしまうのかの想像はできます。

今、新自由主義やグローバル化により社会の競争が激しいために、人々が疲れ、悩んでいる問題がいわれていますが、彼らの世界ではそれは昔から当たり前のことです。一度成功してもそれで悠々自適というわけにはいきません。常に新しいものを要求され、しかも質が落ちることは許されません。さらに変化することまで求められる。そのプレッシャーというのは私などには想像することしかできません。薬物の使用はその緊張から一時的にでも解放される方法の一つなのは明らかでしょう。

唐突なようですが、このことは織田信長の家臣団を思い浮かばせます。彼は明智光秀にだけ裏切られたわけではなく、少なくとも三回は裏切られているはずです。戦国時代ですので、裏切りも普通にあったろう、ともいえますが、織田信長の受けた裏切りに特徴的なのは、重用していた部下にやられていることです。

何故、目をかけている部下から裏切られるのか。色々理由はありましょうが、織田信長からうける、常なる成功へのプレッシャー、今の企業で使われる言葉でいうと、絶え間ない業績の拡大の要求、に耐えきれなくなった、というのが一つ妥当な仮説ではないでしょうか。

芸能人はいわば自ら進んで厳しい道に進んだといえますし、織田信長家臣団は戦国時代のしかも武士の話です。いずれも特殊なことといえます。しかし、現在、一般の人々が同じようなプレッシャーにさらされています。それに耐えきれない、もしくは同じことですが、失敗すると一昔前なら普通であった水準の生活、夫婦と子供二、三人、それを大学まで進ませるというような生活が出来なくなってしまう。

わたしは倫理的な話をしようとしているわけではありません。ただ、貧乏な人はお金を余り使えません。すなわち、お金もちがそこから引き出せるお金も少なくなってしまいます。さらに、現在は人間の再生産ができない、つまり、今の人の数を維持できない社会になっています。日本列島に、数少ないお金もちが大金を抱えて座っていたって仕方ないでしょう。では外国にいけばいいといっても 、お金もちもほとんどの人は日本での成功しか知らないでしょう。また、日本にある問題は他の先進国にもあると考えるのが妥当というものです。

ひきこもりが社会問題になって久しいです。これを個人や家族の問題であると思われている方がおられるかもしれません。本来はそうなのかもしれません。しかし、結局、こういうことは数が問題になってくるわけで、現実に税収が減ったり社会保障の費用が増えたりする以上、社会問題として取上げざるをえません。

その原因は皆さん、分析されていると思います。そもそもひきこもる人を養える人がいる、時代的に最低でも自分の食扶持は自分で稼ぐというようないってみれば厳しい教育がされてこなかった、親族や近隣住民とのつながりが余りなくてそこからのプレッシャーが少ない(ご本人たちはそうは思わないかもしれません。しかし、昔なら泣き叫ばれようと力づくで 外に連れ出す人がいたかもしれません)遅い結婚が不自然ではなく、自分が養わなくてはいけない人というのが居ない、など。

それぞれ真実を含んでいると思います。しかし、ここで申し上げたいのはこれは今の資本主義が要求している競争社会の限界がもたらしたものではないのかということです。このままいくと、その数はますます増え続けるのではないでしょうか。そうして、働かない人ばかりになれば社会は壊れるので、それを避けるためにはひきこもった人たちにも社会に出てもらわなくてはいけません。そのためには彼らが参加したくなるような社会を作らなければいけません。つまりは、ひきこもりこそが社会の歪みを正す原動力になる、というよりも、そうせざるを得なくなるのではないでしょうか。

《ところで、競争社会の限界などという大きなテーマを持ち出すからには、日本だけの問題ではなくなるので、他国の事情も調べなければいけないのですが、その情報はありませんし、調べるといってもちょっと・・出来かねるのでこの文章は最近よく言われるエビデンス(証拠、証明)に欠けるものです。ですので、読まれる方々もそのつもりでお願いします》

今年のNHKの大河ドラマが明智光秀を取りあげるというのも偶然とも思えないのですが。織田信長の作ろうとした自由競争を旨とした世界が、たとえ経済を成長させ、人々をより豊かにするものだとしても、最終的に過度な競争はやめて皆が平穏に暮らせる社会が正しいと判断して、その社会の実現を目指して謀反を起こす、という設定になるのでしょうか。いわば、明智光秀をそれを実現した徳川家康への橋渡しをした人物というふうにとらえるのかもしれません。

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