野村克也さん

人生の指針や生き方の知恵を教えてくれる人は沢山います。しかし野村さんほどそれを広範に、わかりやすく伝えられた人はいないでしょう。

これは少し聞いただけの話なので、事実誤認があるかもしれません。その場合でも、野村さんに仮託したフィクションとして聞いて頂きたいです。

野村監督が南海ホークスをおわれた最終的な要因は沙知代夫人にあったという話があります。なんでも権限も何もないのに選手やコーチその他に色々口出ししていたそうです、しかも野村さんの知らないところで。当然、球団は野村さんに何とかしてくれるように言ったそうですが、野村さんは奥さんに何も言わなかったそうです。まあ、それだけでは無かったかもしれませんが、最終的に球団から、監督業をとるか、奥さんをとるかを迫られたそうです。

これ、もしわたしが当時球団関係者で、しかも野村さんを尊敬し、手腕も凄いと思っていたとしても、球団側についたと思います。野村さんは「仕事は他にもあるが、沙知代は一人しかいない」と言って退任しました。このエピソードは夫婦の愛情の深さを示したものとして語られています。しかし、わたしはそれだけでは無かったと思っています。野村さんにとって、常に自分に発破をかけてくれる、また気持ちが弱った時に隣で平気な顔をしている人がいるというのは仕事をする上で、さらに生きていく上で絶対に必要なものだったのでしょう。ですから何があっても手離すわけにはいかなかった。

わたしがあらためて野村さんが凄いと思うのは、その、自分に必要な人を見出だす力、さらに一度そうだと決めたら何があってもその人の味方であり続けた持続力です。

その野村さんが最後にされた大仕事は最愛の人に先立たれた男の姿を隠さずに私たちに見せてくれたことです。自らをドキュメンタリーにしてくれました。その教育効果を意識していなかったわけはないと思います。

勿論、面識などあろうわけはありませんが、勉強させて頂きました。お世話になりました。有難うございました。

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