時事その他についての考察

いわいる団塊の世代が政治的には使いものにならないわけ

彼らの話を聴いていると、政治は本質的に汚れた、まともな人間のやるようなものではなく、すべての政治家は腹黒く、腐敗していると思っているように聞こえる。

思うに、学生運動の影響が決定的だったのでしょう。学生運動というものは、その前提として、政治が腐っているという思いからきている。その意味では2.26事件と同じだ。

そうして、2.26事件が、純粋に世の中を良くしたいという思いもあったにせよ、根本的に間違っていたように、学生運動もほとんど、間違っていた。

今、当時を振り返って、日本は日米安全保障条約を廃棄するべきだったと言い切れる人はほとんどいないだらう。

しかし、当時、学生運動をしていた人の中で、現在、そのことを公に認めている人がどれくらいいるだろう。

これは、彼らのその後の言動から、つまりは始めに触れた彼らの政治に対する偏見から推察されることだが、彼らは当時の自分たちのことを全く反省していない。当時の自分たちの主張の是非を改めて考えたことなどないのだろう。考えるのは、そこから自分たちが受けた傷や挫折など、自分たちの自我に関わることだけなのだろう。それと真摯に向き合うことが誠実な責任の取り方なのだとでも思っているのだろう。

おそらく、当時の自分の非を認める、改めて世界観を作り直すなどということには、精神が、自我が耐えられないのだろう。それだけ当時は信念を持っていた証拠ではあるかもしれない。

その結果、彼らの世界観は当時のままであり、政治の、特に外交や安全保障に関わることではいつまでも子供染みた考えのままなのだ。

その結果、いまだに幼稚な世界観を持った大きな一群が世間の多くを占めていて、健全な議論すら出来なくなっているのだ。(それに反発するかたちで、極端に右翼的な考えが妙な説得力を持ってしまうという大きな弊害もある)

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