時事その他についての考察

安倍元首相がもたらしたという政治倫理の崩壊は安倍氏の罪というより長年続いた一党支配に原因がある

問題は根深くもはや回復不能かもしれない。

どういうことかというと、権力が私利につかわれるのはいつものことだ。勿論、いけないことだがこれを完全に断ち切ることはできない。

これが単にリベートや賄賂で済んでいればいいのだ。必要があって決定されたことを実行するにあたって、不当な取引により、実行業者が決まる、とか。

そうではなく、ただ私利のために、自分たちの利益のために政策が決まることになると社会は危険な状態に入る。それは、国の財産をいかにぶん取りあうか、ということが常態化しているということになる。

オリンピックを巡る問題はそのことを明らかにしたと言っていいのかもしれない。

何故、菅元総理はコロナの影響によって国民の多くが東京オリンピックの中止を求めたにも関わらず、これを開催したのか。

自分や、自分の関係者、関係団体が開催費用から中抜きをするつもりだったからではないのか。

中止になるとその目算が狂ってしまうからなのではないか。

そもそも、オリンピックを招致したのも国費を不当に自分たちのものにするためだったのだろうか。

だから、これだけ問題が公になっても札幌オリンピックの招致を見直そうという話は出てこない。

これら当然、東京の時と同じようにいい目をみようとしているからだろう。もしかしたら順番待ちがあったのかもしれない。

「お前んとこは東京の利権には入れられないけど、札幌で埋め合わせするから」といった具合に。

その場合、東京でいい目を見た者たちは、札幌招致の応援はやめられない。仁義というものがあるから。もしも、約束をたがえることがあったら、裏話をばらされるかもしれないから。

これは、例えば菅前総理が悪いなどという問題ではない。菅さんが、あるいは安倍さんがちゃんとした人であったら良かった、という話ではない。

そういう構造が固まってしまっているのだろうという問題だ。

元々は良心的な人でも、それに乗っからなければ権力の中枢にはいけない、ということと推察される。

もしも、その推察が正しいのだとすると、それは長い間権力構造が固まってしまっているのとが原因だと考えられる。

つまりは自由民主党の長期政権がその根本的な原因だということになる。

結局のところ、人間の性質は変わらない。そのなかでより正しいことが行われるためには制度を整理することが重要だ。

だから、小沢一郎氏の思いは貴重なものであったのだと言える。

確かに小選挙区制はできたのだ。そして、一時的にではあるが政権交代は行われたのだ。

それがどうして脆くも崩壊してしまったのか、仮に民主党が駄目であったとしても、どうしてそれに代わる政党が生まれないのか。

そのことはもっと考えはれなくてはいけない。

(僕の答えとしては何度も書いているが、団塊の世代の余りにも硬直した安全保障の考え、事ここに至っても未だに憲法改正に反対するという人たちが支配していること、そんな人たちには任せられないという、普通の人たちの気持ちが民主主義でありながら実際には選択肢がないという現状を作ってしまっているのだと考える)

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