時事その他についての考察

落ち着きましょう、「シンウルトラマン」は子供向けの映画です。

映画鑑賞中に、何となく落ち着かず、退席することまで考えた。

大きな不満があったわけではなかったのだが、どうしてそう思ってしまったのか、半日経ってわかった気がした。

つまりは、子供向けの作品に、初老の男が一人で行ってしまっていることがそう思わせたのだと。

観た後にネットで色々な人達の感想を読んだのだが、これに触れている人はいなかった。

制作者たちがどういう考えでつくったのかは知らない。

鑑賞する側は、ヱヴァンゲリヲンシリーズの質の高さと、「シン・ゴジラ」が大人向けのものだったことから勘違いしてしまっているのだろう。(といっても、僕は、エヴァは全く観ていない。シンゴジラもゴジラが止まってからの、長さでいうと三分の一くらいしか観ていないが)

制作陣がどういうつもりであったとしても、作品が子供向けであることをあらわしている。

作品が気に入った人達はいい。批判する人達は、これは子供向けのものなのだ、ということに気がつけばその批判が的外れということにも気づくだろう。

僕の見たなかで、一番多かった批判が長澤まさみに対するセクシャルハラスメントとも言えるカメラアングルなどであった。

これも、もしも大人が大人に向けて撮ったものであったら、確かに気持ちの悪いものだが、子供に対するちょっとした刺激という意図であれば問題ないのではないか。

我々にしても、子供の頃に、例えばウルトラセブンでの、制服を着たアンヌ隊員に、いくらかでもドキドキしたものだ。

そういうものも今は御法度だというならば、それは子供に対する迫害に似たものだと言いたい。自分たちは楽しんだのに、自分が大人になってからは、子供たちからそういう楽しみを奪うことは許されていいことではないと言いたい。

子供向けにしては、政府や、米軍にまで言及するなど、テーマが難しいのではないか、という批判は勿論当たらない。よく知られている通り、ウルトラマンや特にウルトラセブンで、地球環境問題、怪獣を倒すことに本当に正義があるのか、などなど今でも解決できていないテーマは既に取り上げられており、当時の子供たちは、充分それを理解していた。(人によりますよ、勿論)

日本の運命がかかった問題なのに、それに専属して対応する人員が隊長以下、わずか四人(ウルトラマン出現後、一人加わり五人になる)というのは少すぎる、という疑問にも、低年齢層に向けたものなので単純化したからだ、という答えを出しうる。

話そのものは、ウルトラマン登場から、倒し易い怪獣(変換が面倒なのでここでは映画で使っていた漢字は使わない)、少し苦戦する怪獣と登場したあと、知能が高いが地球侵略のみが目的の宇宙人(映画では外星人と言っていたが、これも無視する)もっと穏やかな侵略を望んでいる宇宙人と登場させて最後は意外な所から最終兵器が現れるという、ウルトラマンの第一話から最終話までを上手いことまとめた構成になっていて、これは感心する他ない。

(話はまるで違うが、昨今、いわいるネタバレに対する攻撃が強い。よくわからないのだが、その気がないのに勝手に情報をばらすタイプのそれに対して苦情を言うのはわかるが、明らかにそれに対して語っているものに自分からアクセスして、ネタバレがどうのというのは理解が出来ない)

その他の諸々は他の人達が言っていることがほとんどなので省くが、三点だけ言っておきたい。

冒頭、映画が始まるまでの状況がテロップで流れるのだが、切り替わりが早すぎて集中していないと読みそこなってしまい、場合によっては話に上手く入れない。僕はほとんど読めなかった。ただ、宣伝その他でテロップに流れることは予めわかっていたので問題はなかったが、そして、それはほとんどの人も同じだろうとは思うが、それにしてもないで不親切に過ぎるのではないか。

似たことだが、登場人物の会話で、簡単な話ことばが使える時に、わざわざ難しい熟語を使わせて、意味をつかむのにコンマ何秒かかることが何回かあった。おそらく、日常的に本を読む習慣が無い人たちは、年齢に関わらず、何を言っているのかわからないままに話が進んでしまっていったのではないか。これは明らかにわざとであり、先のテロップと同じく、話を複雑に見せかけて興味を惹き付ける作戦としか思えなかった。実際に、“細かい所が理解出来なった、という理由で複数、来館する人たちがいるらしい。映像美を堪能するために何回も観るというのはともかく、話そのものは単純であるのに、いかにも深遠なことを言ってる振りで顧客を惹き付けるのは姑息といえよう。

最後に、これはゴジラも同じだが、政府を取り上げるとき、いかにも優柔不断で無能であるという描写をして満足するのは無責任で底が浅いと言わざるを得ない。

ゴジラの時には主にそこが評価されたようであり、ウルトラマンでもその事への批判は見当たらなかった。

制作陣の年齢層は知らないが、この手の権力批判は主に団塊の世代に見られる特徴であり、当事者意識が全くない、言ったつもりになっているだけの無責任な主張に過ぎない。(たとえその一部が的を得ていたとしても)

総理大臣役が嶋田久作という、強面風だが、中身がまるでない人物を演じさせたら抜群の役者だ、ということがその悪意を証明している。(たとえそれが、少なくともいくらかは現総理を連想させる配役であったとしても)

追記:おそらく、既に多くの人たちが指摘しているとは思うが、日本政府が異星人と取り交わす条約は、日本がアメリカと交わした二つの重要なら条約を示唆しているのだろう。これは、個人的にはそもそも底が浅いし、若年層に悪い影響があると思う。

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