音痴というのは困ったものです

スタン・ゲッツといえば、ジャズファンには周知の往年のテナー・サックス奏者ですが、その人に、「アット・ザ・シュライン」というライブアルバムがあります。

わたしはこれを三十年位前から持っていまして、全く、良さがわからないのに一年に一、二回は聴いていたのは、唯一無二ともいわれる、美しいサックスの音色が気持ち良かったからでしょう。

それで、先日、また何となくプレーヤーにかけたのですが、その演奏、特にアドリブの圧倒的な素晴しさにはじめて気づきました。

完璧な技術で紡ぎだされ、流れる美しいフレーズ。

今まで自分は一体、何を聴いていたのだろう?と呆れ、驚くばかりなのですが、ひとつには、演奏が完璧のため、引っ掛かりがないので、流して聴いてしまっていたのだろうと思います。

今までは、ジャズのアドリブといえば、結局はチャーリー・パーカーだろう、と思っていたのですが(音痴なりに)。天才といわれるパーカーのアドリブにもやはり手癖は多く入っています。アイデアがでるまでの一瞬の時間稼ぎですね。入っていたっていいのですが、ゲッツのアドリブからは(音痴が聴く限り)手癖をほとんど感じません。アドリブのなかで、一瞬の迷いもないわけで、こんな人は他にいないのではないでしょうか。驚異的です。(音痴がいうのも生意気ですが)

わたしはもう一枚、スタン・ゲッツの名盤といわれるCD を持っているのですが、その良さはまだわかりません。また三十年たったらわかるのでしょうか。

ところで、この話に教訓はあるのでしょうか。物事は軽々に判断してはいけない、ということでしょうか。それとも、こんな音痴野郎の言うことは音楽のことに限らず、信用出来ない、ということでしょうか。

自分についても他人についても、完全には信用せず、常にどこかで疑いを持つというのは、必要なものだとは思います。

突然、ジャズの話をはじめたのには、前段階がありまして、You Tube でジャズピアニストである大西順子さんの演奏を観たからです。大西さんという人は安易な客受けをあまり考えない人のようで、演奏は熱がこもって素晴らしく、他の演奏者ならば、顔を作ったり、身振りを派手にするところでも外見は淡々と、また、わかり易いポップなメロディをひくこともあまりないようです。(低音部を多く使うのも客受けの面では多分マイナス。受け狙いがあるとすれば、早弾き位でしょうか)大西さんがやろうとしている高度な演奏の意味の解る筈もない音痴なわたしが、では何故彼女の演奏に惹かれたかというと、その有無をいわさないグルーブ感が素晴らしいからに他なりません。

大袈裟かもしれませんが、一音(ワンノート)出すだけで既にグルーブが生れているようです。(ドラムとべースが演奏している中での一音なので、可能なのです)

後でグググぐッてインタビューなども読んだところでその秘密を少し、解き明かすことが出来ました。 大西さんにとって一番のピアニストは1940年代に活躍したアート・テイタムという、盲目のピアニストだということだったのですが、その人の演奏を聴いたところ、大西さんとおんなじグルーブでした。(フレーズも似ているところがあったのは、いわいるオマージュというやつでしょう)

しかし、憧れて、真似していくら練習をしても、その人のようには出来るものではないのはどの世界でもおなじです。やはり、大西さんに(当たり前ですが)もともとの資質があり、また、資質が似ていたからこそ、アート・テイタムにそこまで惹かれた、ということもあるのかもしれません。

共演している人はそのノリに巻き込まれるわけで、さぞかし楽しいだろうなぁ、と思います。

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