時事その他についての考察

差別は恐怖の裏返し

差別は勿論、許されるものではありませんが、その裏には恐怖心があることが多いことを見なければそれは解決しません。

人間は見慣れないものに接したときに、好奇心と恐怖を感じます。これは本能であり、無くすることは出来ませんし、してもいけません。

それが悪い方向に出てしまったときの一つの現れとして差別が生まれてしまいます。これは、人間は、不安定なものには耐えられないからです。わからないものはわかろうとします。それでもわからないものには何か、レッテルを貼りつけてわかったことにするわけです。

差別の特徴として、一人一人の人間を見ないで、全体をひとくくりにして、それを(例えば下賎のものとする、など)決めつける、というものがありますが、それは、そういうメカニズムに基づいています。

これを根本的に解決する方法としては、未知の人たちと日頃から慣れ親しんで、相手を理解する、というやり方 があるでしょう。

但し、これは、大人になってからではなかなか上手くいません。しかし、小さな頃から親しく接することができれば、少なくともその親しんだ相手と、(それが黒人だとしたら)黒人そのものに対する差別や偏見は持たなくてすむでしょう。

但し、これには問題があります。その一つは、そうやって親しんだものには偏見を持たないかもしれませんが、自分が差別するかもしれない相手は他にも沢山います。そのすべてと慣れ親しむことはできないでしょうから、その誰かを差別する可能性は残ってしまうことです。

本来は、差別という行為、考え方そのものが下賎なものだということを理解しなければ本当の解決にはならないわけです。

また、これを白人の黒人にたいする差別と限定して考えるならば、白人、特にアメリカのそれには黒人にたいする迫害の歴史があるので、白人が黒人にたいして持つ恐怖には根拠があるということです。

もしも、何か超自然的なことがおこって、今のアメリカの白人と黒人の立場が入れかわったとしたら、必ずや黒人は白人を差別し、迫害する、つまりは復讐することでしょう。

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