時事その他についての考察

役者にみる、年をとるということの意味

草刈正雄さんや近藤正臣さんなど、若い頃に活躍されて、多少の低迷期を経ながらも、年齢を経てから渋さを増し、しかもいまだに格好もよく、人気が復活するような俳優さんをみると、年をとるのもいいものだ、と思います。

しかしながら、考えてみると、年をとっても格好がいいのはごく一部の、元々見栄えのいい人たちであって、もとが大したことがないのに、年をとったからといってそれが良くなるはずはないのでありました。

それにああいった人たちは人知れず鍛練を続けてこられたのでしょう。やはり、継続が与えるものというのは大きいと思います。

そういう人たちを引っ張りだして成功させる演出家や脚本家なども、また、大したものだという気がします。

勿論、若い頃から上手な役者さんが、だんだんと円熟味を増していくのをみるのもいいものです。

そんなことを思うのは、今、ドラマの再放送で宮本信子さんをお見かけするからなのでした。

一般的に女性は、若い頃のほうが美しい人が、どうしても多くなってしまいますが、宮本さんなど、一部の方々はお年をめすにつれてどんどん美しさを増していきます。それはやはり、男女を問わないことですが、年齢を重ねると、心ばえが外見にでてくるということなのでしょう。

若いうちの美しさ、格好よさ、などというものは、ほとんどがもって生まれたものであって、その人の品性、人格、知性などとはあまり関係のないものです。早い話が本来、外見のよさとその人の値打ちには何のその関係もないのです。

それはお前のひがみだろう、といわれれば、そうでしょう、としか答えられませんが。

宮本信子さんに話をもどします。伊丹十三さんが書かれていたことですが、伊丹さんが映画監督を始めた大きな動機は、宮本信子という女優を世間に認めさせることであったらしいです。そうして、それは大成功したのでした。

宮本信子さんは、伊丹映画の成功とともに名女優の仲間入りをして、その後、心痛を越え、年齢を経るにつれて唯一無二の女優といえるほどになってこられました。

私たちも、そこまでの領域は望まないまでも、まあまあの年のとり方をしたいものですが、なかなか前途は厳しそうです。

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