いまだに血統が重要視されるわけ

福沢諭吉が、幕末にカイリン丸でアメリカにいったときの話です。アメリカ人達が、建国の父であり、初代大統領であった、ジョージ‐ワシントンの子孫の現在の境遇をうろ覚えだったことに(孫の代だったと思いますが、―確か、何々をしている筈だけれども・・といった返事だったそうです。全く知られていない訳ではなかったようです)驚いた、というエピソードがあります。それに対して、日本では、江戸幕府を開いた徳川家康の子孫が十五代にわたって国を支配している、本来、能力で決められる筈の為政者が、世襲であるのは、やはり間違っている、と時代を変える必要性を新ためて感じた、という話です。

確かに私たちも歴史を学んでいて、為政者が血統 で決められていることを馬鹿馬鹿しく思ったことはあるります。しかし、いまだに血統には大きな説得力があります。天皇家はいうに及ばす、政治家や、また現実的であるはずの企業にも世襲はよく見受けられます。何故なのでしょう?

人間にとって、自らの子孫を残すのは至上命令なので、血統というのは、極めて重要なものです。

自分の血統が重要であるということは、他人のそれの重要性も認めざるを得ないことであり、また逆に、他人の血統の重要性を認めることによって、他人に、自分の血統の重要性を認めさせる効果もあるはずです。

そのために、血統、そして、それに基づいた世襲 は大切であり、いまでも根強く残っているし、これからも残るでしょう。

というのはどうです?説得力ありますか?

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