時事その他についての考察

首相が一年ごとに変わっていた不毛な時代のことを忘れていませんか

《初めにお断りしておかなければなりませんが、この文章できれいな結論はでません。せいぜいが問題提起といったものです》

管総理の辞意を受けて政界も世間もかしましい。

まず、第一にそういった政局の話をするよりも政策の話をもっとするべきだということがある。しかしそのことにはここではこれ以上は踏み込まない。

今回気になっているのは、次の自民党の総裁が誰になるのか、誰を支持するのかという議論が多くあるのは結構なのだが、またしても首相の在任期間が一年であった、ということを、そうなっている理由を考察している人が皆無に見えることである。

詳しいことは割愛するが、(調べて載せるのが面倒なだけだが)小泉政権以来、第二次安倍政権まで、自民党政権下であっても民主党政権下であっても首相の在任が大体一年であった期間が長く続いた。

皆さん、第二次安倍政権が長かったからといって忘れているわけではないでしょう。

何故、そんなことが起こっていまうのか。簡単に言えば民意が即座に反映され過ぎているから、ということになるだろう。

我々国民の気持ち、感情などというものはコロコロと変わるものだ。そうして我々はそのことについて反省もしなければましてや責任を感じるなどということはない。

民主主義国家にとって民意というものは勿論何よりも大切なものだがそれを国家の中枢に反映させるのは時間や制度など、何らかの緩衝材がなければならないのだろう。

だから大統領の任期はある程度長いのが普通だし、議会制民主主義では国民が選ぶのは国会議員であって、国の指導者は国会議員が国会で選ぶことになっている。

国民が直接国の指導者を選ぶ大統領制を採用している国が大統領選挙を一年ごとにやるとすればその国の大統領は一年ごとに変わる可能性が高いのではないだろうか。

日本の指導者の在任期間が短くなってしまったのは小選挙区制を採用してからのことだろう。

目的としては日本に二大政党制を根づかせようとして行われたことが想定外の事態を生んでしまったことになる。

だからといってもとの中選挙区制に戻せばいいというものでもないだろう。(首相の在任期間だけを問題にするのならばその手もあるが、そもそも自民党一党支配というのは健全ではない、ということから始まった改革であったのだから)

そうなると、とりあえずは現状の分析から初めなければならないことになる。

二大政党制のお手本と考え、だからこそ小選挙区制を真似ることになったイギリスとの違い、何故イギリスでは首相が日本のように頻ぱんに変わらないのかということになる。

本格的な考察は専門の本に任せるが、少ない知識で考察するならば、イギリスではそれぞれの政党ごとで地盤がしっかりしているからということがあるだろう。

なんといっても議会制民主主義発祥の国である。今でこそ争いは議論で戦うが、制度が確立するまでは武力で解決、ということだっただろう。長い歴史のなかで余程のことがあっても保守党、もしくは労働党を支持するという地区が出来上がっていったのだろう。その結果、世論が動いても日本のように雪崩現象が起こることはなく、世論の変化が政権を動かすまでは時間がかかるということになる。その間にまた世論が変わるかもしれないということなのだろう。

そのような基盤ができていない日本では、現状は当然の結果なのかもしれない。

しかし日本にあっても二大政党制のもとで長期政権を担った人物はいる。しかも二人いる。

いうまでもなく、小泉純一郎と安倍晋三である。

彼らにあって他の者たちに無かったものは何か、ということになるが、大変申し訳ないが私にはわからない。教えて欲しいくらいである。

もしも彼らの備えていた何らかの条件が余人には真似のできないものであるのならば、またしても短期政権が続くことが常態になるのかもしれない。

これを糺すことは制度をいじくることでできることではなく、短期政権の弊害が骨身にこたえて、我々国民の気質が変わるまで待たなければならないことなのかもしれない。

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