時事その他についての考察

LGBTQ問題の解決が簡単にいかないのは社会秩序の問題と絡めて考えなければならない

LGBTQの主張に対する反対意見の内、社会秩序を理由としていないものは“無意識にまず反対するということを決めておいてその理由は後から考えている”と判断していいように思う。

理屈で判断するならば彼ら彼女らの主張のほとんどは正しいに決まっている。これはほとんど人種差別と同じレベルでとらえていいと思われる。

それにも関わらず、その主張するところがなかなか現実にならないのはそれが現在現実ではないからである。

お前は何をいっているのだ、と思われるだろうが、これはつまり、我々は変化を恐れる存在であるということである。

勿論、我々は変化を望む存在でもある。しかし基本的には我々は変化を望まない。それはとりあえず慣れ親しんだ状態が変わるのが怖いからである。

それが仮に劣悪なものであったとしても人間社会がある以上、そこには秩序というものがある。我々は一人一人、傷つき易い生身の存在を既存のその秩序に合わせて辛うじて生きていくことができる。

我々が秩序のない、剥き出しの状態に放り出されたとしたら、無益な、致命的な争いが繰り広げられてたちまち死滅してしまうだろう。

変化というのは、その何よりも大切な秩序が揺さぶられることである。我々はそれを何よりも恐れる。

だからこそ、たとえそれが正しい主張であっても、現状に反対するものであればそれが社会に認められるまでには時間がかかるのである。

であるから、LGBTQの方々、それを支援する方々には諦めない、地道な運動が必要なのだ。しかしたとえ地道な努力であっても、それは必ず身を結ぶことになるのだ。

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