時事その他についての考察

ドラマ「HERO」で雨宮舞子を魅力的にした松たか子の役者としての力

大幅にカットされているだろう再放送すらとても面白い、ドラマ「HERO」。

その魅力は勿論、脚本、演出、演者、その他全てにあるのだろう。

そのなかで素人目にもわかりやすいのは役者の力である。「HERO」の場合、主要キャスト全てが素晴らしいのだが、そのなかで最も重要なのは松たか子である。

「HERO」は(アルファベットを打つのは面倒だ)コメディ色の強いドラマであり、コメディの場合はキャラクターをハッキリさせることが大事である。

「HERO」(だからアルファベットは面倒だってば)においても勿論、それははっきりしている。そうして、一見ちゃらんぽらんであったり、自己保身しか考えていないようなキャラクターたちがいざというときには男前に変わるのが感動するところである。

この「わかりやすいキャラクター」というのは主人公である木村拓哉演じる久利生公平においてもいえることである。

しかし、キャラクターがハッキリしているのは重要なのではあるが、皆わかりやすい人物だけだと薄っぺらい印象になってしまう恐れがある。我々はすべてがわかっている気になるとその対象に対する興味を失ってしまう傾向があるのだ。

それを回避する役割を与えられたのが松たか子演じる雨宮舞子である。

彼女も「真面目な堅物」というキャラクターがあることはある。しかし検事になるのに司法試験を目指すのではなく、検察内部からのいわば裏道で目指す、それもそのために上層部への接待も積極的に行うというのは決して真面目な人間の行うことではないだろう。ドラマのなかで唯一人単純な人物設定ではないのである。

その他、自分の都合と感情だけが理由で上司に担当する検事を変えさせようとする描写もあり、どちからというと、雨宮舞子はその登場時においては嫌な奴なのである。

嫌な奴でも上手に演じることのできる役者さんは多くいるだろう。しかし、雨宮舞子は視聴者に好かれ、愛されなければならない人物なのである。少なくとも久利生公平と雨宮舞子が愛されなければ「HERO」は(履歴で出た)ドラマとして成立しないのだ。

言動そのものは嫌な奴なのにそれを愛される存在に変えることができる。そんなことができる役者はそう多くはないだろう。

《但し、雨宮舞子は久利生公平の影響を受けて第一話の最後から愛され易いキャラクターに変わっていく。

我々が雨宮舞子を愛してやまないのは久利生公平に恋をした彼女が可愛らしくて仕方がないからである。

それまでは自分には恋愛などはいらないと思っていたはずなのに、自分が恋愛に縁の無いつまらない女なのではないかと思い初めてしまうのも、通販で恋愛を成就させるネックレスを買ってしまうのも原因は久利生にある。さすがの松たか子もそうでなければあれだけ魅力的な人物としては演じられなかっただろう》

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