時事その他についての考察

山下達郎ばかり聴いている

違法かもしれないYOUTUBEで申し訳ないのですが、ここ最近の唯一の楽しみは山下達郎さんの昔の音源を聴くことです。大きな声では言えませんが、オーディオに凝ってらっしゃる方がレコードの音源をアップされていて、これがスマート・フォン経由のイヤフォンでも素晴らしい音なのです。(Spacyのオープニングの格好いいこと)山下さんの素晴らしさについては、今更わたしなどが言うことではないですが、一応、行き掛かりということもありますので申しますと、曲良し、歌(ヴォーカル)良し、編曲良し、バック・バンドはもう、最高です。ドラムとサイド・ギターの切れ、あくまでも格好いいベース・ライン、それぞれのソロの聞き応え、また、ちょくちょくサックスの入る曲がありますが、古い話で恐縮ですけれども、昔のスネークマンショーのネタで、音楽雑誌のメンバー募集欄のつながりで初めて会ったバンドメンバーが、音楽スタジオで練習をしようとする場面を描いたものがありました。その中で畠山桃内こと伊武雅刀が曲の途中から入ってきたサックス奏者に対して、「今のサックスの入り方いいねぇ、さすが芸大は本物、基礎が違う」と褒める場面がありました。山下達郎の曲にのサックスの入り方を聴くと、毎回これを思いだしてしまいます。

そのように、素晴らしい演奏なのですが、一つだけ個人的にがっかりすることがあるのです。これは、例えば、ドリームズ・カム・トゥルーにも当てはまるのですが、たまに、歌詞を英語に変えて歌いますね、その時の音節の切り方が日本語のそれなのです。英語圏の人の歌を歌詞カードを見ながら初めて歌おうとしても音の切り方が日本語と英語では全く違うので、歌詞とメロディーが上手くあわせられないことがありませんか。誰もが知る例でいうと、ビートルズのレット・イット・ビーのまさにレット・イット・ビーと歌っているところ、我々日本人にはレリビー、レリビー、と聴こえます。これ、マッカートニーのヴォーカルなしでメロディを示されてそれにレットイットビーの歌詞を入れるのだ、と言われても、私たちにはああいう入れ方はできません。そうなると、一応英語なのに日本語っぽいという。本来、バタ臭くしたかっただろうところが田舎臭くなってしまうという、それなら桑田佳祐の日本語の歌詞のほうがずっと英語っぽいという、気の毒なことになってしまっています。(日本語が田舎臭いということではありません。真似をしようとしてそれが出来ないのが田舎臭いのです。あと、念のためにいいますが、田舎をさげずんでいるわけではありません、分かりやすくいだろう言い方をしただけで)まさかそれが狙いというわけではないでしょうから、もしも英語歌詞をやりたいのなら、初めに英語圏の人に歌わせて、それを真似する形にすればいいのに、といつも思います。山下達郎とか、吉田美和さんのよう常人離れした音感を持った人たちがこんな凡ミスをしていることも信じがたいのですが。周りも、何とかしないのか、といつも思うのですが。

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