話がつまらないということは端的に言うと相手が見えていないということになる。
これは気遣いがないこととは違う。相手に分かりやすく話そうという心持ちが見える人がいるがそれだけで話が面白くなるわけではない。
会話というものは双方に何かしら心が動かされるものがなければならない。相手がどう感じているかは相手を見ていればわかるものだがつまらない話ができるということはつまりは相手を見ていないということだ。
美人であるとかいい男であるとか話以外ですでに魅力がある人の話がつまらないのは相手が話以外のことで既に心を動かされているのでどんな話でも楽しく聞けてしまうから。
ところで話の面白さというのは勿論内容も大切だがそれよりも語り口にあるだろう。
ちゃんと話してくれれば面白い話を台無しにする人もいれば何でもない話を面白くする人もいる。
でも話が上手い下手などというのは人の値打ちの中でそれほど重要なことでもないので話下手の人もあまり気にする必要はない。
例えば人柄のいい人はいるだけでいくらか場が和やかになる。そういう人はもしもその人の話がつまらなくともあまり長話をしないでくれれば居てくれるだけで充分だ。
人柄が悪く話も退屈な人は?
そういう人も度が過ぎなければ多少のアクセントになるだろう。穏やかなばかりでもつまらない。
というようなことを女性三人が四方山話をするというテレビ番組を観て思いました。美人さんの話が余りにもつまらないのでスイッチは早々に切ってしまったが。