何らかの理由で社会のレールに乗れなかった人たちなのだろう。
しかし、そんなものに乗ったからといってそれが何なのだろう。
仮に頭脳明晰で協調性も充分にあったとする。
他人から見れば満足すべき人生を送っていたとする。
しかし、周りの人間の、仮に八割がまともな人だったとしても、残りの二割がろくでもない人で、しかも状況的にその人から逃げられないとすれば、日常はなかなかに過酷なものになる。
社会から脱落してしまった人と、一見満足すべき人生を送っている人と、本当は大した違いはないのではないのか。
しかし、実はそこには大きな違いがある。
それは他人がその人をどう見るのか、である。
その他人には親兄弟や親戚も含まれる。
結局のところ、まともといわれるような人生をおくることの意味は、親の顔を潰さない、ということに尽きるのかもしれない。