問題の都合上、くわしいことは言えないのですが、最近、大体、四十くらいの、かなり身なりのいい人と知り合いになりました。（名前は仮にS さんとしておきます。いきつけの飲み屋が同じだったくらいに思って下さい）興味の範囲が似ているので、話込むことが多いのですが、どうも、時々妙な雰囲気になるのです。
Sさんは、社員が五十人くらいの会社のナンバースリーということで、（相当に羽振りがいい会社のようです）それならば、かなり忙しいはずなのに、いつも夕方早くから飲んでいること、また、仕事の内容については金融関係とだけいって、あとはなんとなく奇妙な感じで笑っていたのです。
こちらも、勿論、深く詮索はせず、高利貸しかなにかだろうくらいに思っていたのですが。
つい先日のことです、普段はほろ酔い位におさえるSさんが珍しく深酔いしたのと、わたくしが人畜無害に見えたのでしょう、いつになく、自分の話をしはじめました。 なにぶん（お互いに）酔っていたので話はいったりきたりだったのですが、以下はその話をまとめたものです。
「Yちゃんね、（Yというのは私です）俺がやってるのはね、振込め詐欺なんだよ。もう十年になるかなぁ。初めは仲間三人でやってたんだけど、裏世界ってのは凄いね、警察にはバレなくても半グレの奴等にじきに感づかれて、まあ、脅されてそいつらの配下ってことになっちまったよ。でもまあ、結果的にはね、ほかの半グレとか、暴力団から守ってくれるしね、そりゃあ、おれらぁ儲けるからさ、結構大事にしてもらってるよ。人手も世話してくれるしね。一番いいのは、ヤバい現場仕事を下っ端にまかせられることだね。やつらぁ、なんにも知らねぇからね、あいつらが捕まったって、こっちのことなんかは知らねぇんだから、おれらぁ安全ってわけだ。
うん、だからいわば頭脳労働だね、おれらがやってることは。カモの情報なんかは半グレが調べっからさ、手口だよ、新しい。こういうのもイノベーションだからさ、日々考えてるわけよ。だから今だって仕事中ちゃあ仕事中なんだよ、ヒントはいろんなとこにあっからね。
NHKのやってる反振込め詐欺キャンペーンって知ってる？やってんだよ、まいんち。おれらの手口を紹介してね、こういうことやっから気をつけろってね。あれね、大きな声じゃあ言いたくないけど、結構、助かっちゃうんだよね。おれらが怖ぇのはさ、やってる手口をどこまで引き延ばしていいのかわかんないとこなんだよね。ケーサツなんかが地道に撲滅活動してっからさ、バレてる手口でやっちゃったら気の利いたジジババだったらさ、引っ掛かったフリして呼ぶからね、ケーサツ。あったよ、やっぱり、それで捕まったの。三回かな。いや、金もらう奴だけだよ、勿論、捕まったのは。さっきも言ったけど、知らねぇからね。指示も全部スマホだからね。うん。
でさぁ、それを教えてくれんだよ、わざわざ、公共の電波で。これはもうバレてっから使っちゃだめだよって。親切だよねぇ、ほんと、感謝しかないね。NHKってひょっとするとお偉いさんにおれらの仲間がいるんじゃねぇの？
あとねぇ、初めにわざとバレてる手で電話すんだよ、ね？そんでさ、すぐにおんなじとこに「ケーサツですけど」ってかけんの、電話。「今、この辺りでこれこれの手口の振込め詐欺が広まってるんだけど」って。そんなことありえないんだけどね。ほんとは。そんな、近くで仕事しねぇからさ、ねえ。もし友達だとかでおんなし事言われてるってなったらそりゃあ、ヤバいでしょ。でもそんなことじいさんばあさんは知らねえからね、もう、大変だよ、「そうそう！」なんつってね、「今かかってきたよ！」ってさ。もう、こっちは大ウケだよねぇ。そんでも無理にしかつめらしい声だしてね、話あわせてさ。
もう、完全に信用されるよね。人間ってのはさ、一回信用しちゃうと、多少変なこといわれても言うこときいちゃうんだよねぇ。そんでもう、一丁上がりだぁね。
これ、おれらNHKアシストってよんでっからね。略してエヌアシ。これで結構、稼がせてもらったよ。ずっとやってくんねぇかねぇ、あれ」
わたしも酔っばらっていたので、感心したり、ゲラゲラ笑いながら聞いていたのですが、次の日になって思い出して怖くなっちゃいまして、日の暮れるのを待ちかねていつもの飲み屋にいったのですけど、Sさんは来ませんで。それから毎日いっているのですが、１０日たっても一向にあらわれません。お互いに飲み屋での仲間と連絡先を交換するタイプではなかったですし、店の大将も知らないとのことです。
わたしも半信半疑で、どっちかというとからかわれたのだろう、くらいに思っていたのですが、姿を消すということはやはり本当だったのでしょうか。
とりあえずはSさんの再訪を待つつもりです。